30年間有難う

昨年の春に枯れてしまった柚子の木

思い起こせば30年前NYから帰国し京都駅前にある支店の支店長に着任した

一番大きな取引先のタキイ種苗さんの樹木苗売り場にあった幼木を買って帰り植えたものだ

以来30年間を一緒に生きてきた

今日は愈々伐採する日が来た

毎年楽しませてくれた柚子の木の最後の勇姿

本当にありがとう30年間!

驚く飛距離!

女子ゴルフ選手の飛距離伸長が凄い

日本の19歳笹生選手の平均飛距離が無理せずに平均280ヤードという

身長166㎝と男子選手に比べればかなり小さめだ

にも拘らずこの飛距離はそれなりにプレー経験のある私には理解できない

先日米国のトーナメントでパティ―というタイの21歳無名選手が優勝した

身長170㎝で平均飛距離が320ヤードと報じられていた

信じられない飛距離としか言いようがない

トレーニング方法の進歩何だろうか?

何がどうなっているんだろうか?

全く理解できない!

神頼み?

大阪の新規感染が更に増加

一昨日 1099人、昨日 1130人

不要不急の外出は避けるしかなさそうだ

昨日は活動開始打ち合わせのお客様

今日は見学のお客様、月曜日も見学のお客様

困った時は神頼みあるのみ(笑)

折を見て又、水掛不動に疫病退治の願掛けに行こう!

もう5年!

熊本大地震からもう5年が経ったとのこと

大阪で暮らしていたことから難を逃れたが

故郷に何が出来ただろうか?僅かなことでお茶を濁してはいなかっただろうか?

一瞬にして自宅を失った人、命を失った人が多数生まれた

多大の不安を抱えて老後を迎えた人も少なからずいた

少し考えてみよう、今からでも出来ることはないか?

201509211815

ブラック・ジョーク?

先月末のあるニュースには心底笑えた

厚労省は部下に暴言を繰り返すなどの深刻なパワハラを行ったとして

政策統括官の室長補佐を1ヶ月間10分の一の減給処分にしたという

「死ね」「何様のつもりだ」等々の暴言に部下は鬱を発症して休職

その後退職して「公務労災」に認定されたとのこと

ここまでだったら「処分が軽すぎる」程度の感想だった

ところがこの室長補佐の仕事は職場でパワハラを受けた人の相談員だったという

パワハラ相談員が部下にパワハラ???

実に官庁らしい笑えるブラック・ジョークだった

官僚の質の低下を表しているとも言えようか?

祝 松山選手マスターズ制覇!

松山選がとうとう成し遂げた

10年連続出場の末にマスターズを制覇

青木も尾崎も中嶋も丸山も阻まれた途方もなく、とてつもなく高いハードルを越えた

サンデーバックナインの5打差でも見ていて心配は消えなかった

言い尽くされたようにやはりこのマスターズには魔物が済む

最終的には最小の1打差ときわどい勝利になったが

最後までティーショットはブレなかった

4年前だっただろうか?

左右どちらかの親指の異変から調子を崩しこの3年は絶不調にあえいでいた

しかしながらこの間も更なる成長を求めて苦闘を続けていたのだろう

日本人が初めて挑戦して85年、とうとう前人未到の高みに上り続けた

最後のパッティングの後には落涙を禁じ得なかった

有難う、有難う、感動した!

今日は町内のSさんに頂いてとっておいたタコ飯「ひっぱりだこ」で昼飲み

優勝本当におめでとう

70代の俺も出来ることをヤルゾ!

球春 7

大打者の風情、風貌

ヤクルトの4年目BIG BOY村上が予想通り躍動している

昨日は5号ホームランをレフトスタンドへ大飛球で放り込んだ

かつて、そして今も流し打ちという言葉がある

彼の場合左打者なので本来のホームランはライト方向であり、昨日のレフト方向の打球は流し打ちというのだろうと思う

しかしもう旧来の流し打ちとは全くイメージが違う

外角に来たために已む無く流す打ち方とは全く異なる

外角のボールを内角と同様に強烈に叩き、バットに載せて飛ばしている

実は同様の感覚を受けるのが阪神の新人佐藤とMLBエンゼルスで活躍する大谷翔平だ

内角同様に外角の球に全てのエネルギーを載せることが出来ている

内角を引っ張るバッティングのみでは年間30本が限界だが

外角を飛ばすことが出来れば日本のプロ野球でホームラン50本が視界に入る

ピッチャーも怖くて投げるところがなくなる

今年の村上は死球も相当増えるだろう

リーグトップの出塁率になりチームへの貢献は多大なものになりそうだ

若武者というよりもはや大打者と見るべきだろうと思う

BIG BOY FROM KUMAMOTO

やっちまえ、GO FOR IT!

懐かしい京都タワーホテル!

今日は結婚披露宴に招かれて京都へ行った

Jrから地下鉄に乗り換える際に見た京都タワーホテル

30年前にNYから帰国して始めて支店長として赴任した支店がこのビルの中にあった三和銀行京都駅前支店だった

当時全国300超の支店の中で事務効率の悪いワースト3の一つだった

約2年の勤務期間で思い切った効率化を進めて上位ベスト3に改善して転勤した

NY時代に過労で痛めた身体がまだ十分回復しておらず重い疲労感を感じながら働いたことを思い出す

スタッフの方々とは仲良く出来お取引先ともよく飲んだ

あれからもう30年が経ち年齢も70代になってしまった

よく生きて来たなと思う

感慨深い!

それにしても片道2時間半~3時間は辛い(笑)

懐かしい!

老い支度の意味で自宅の中を少しづつ整理している

シンクの下から雑巾のようなものを発見した

洗濯して見たら懐かしいロゴが見えて捨てられなくなった

NYで働いていた40数年前にサンフランシスコ、ロサンゼルスに何回か出張した記憶がある

その際に貰ったのだろうと思う

懐かしい Sanwa bank の緑のロゴ

わたしはこの会社で働き方を学び、人間関係の維持等を学んだ

そして今がある

仕事は厳しかったがこの会社には今も感謝、敬意を忘れない

ありがとう濃密な30年をくれて!